Masuk王宮での迷子大事件の後、保護された私は応接間のソファーでお父様によしよしされていた。
「うえええっ、ひっく、ひっく……」
「怖かったねぇ、エリー。もう大丈夫だよ」
どれだけ慰められても、泣き止むことが出来なかった。
だって、王宮って広くてガランとしていて、すれ違うのも知らない人たちばかりで、とても怖かったのだ。「すみません、王様。うちの娘が」
「ははは、構わんよ。お転婆で良いじゃないか。王妃の子供の頃のようだよ」 「あら、嫌ですわ、陛下!」お母様と王様と王妃様が談笑している内容も、ほとんど耳には入ってこない。
私は悲しすぎて、何が何だか分からなくなってきた。今日は何をしていたのだっけ。
ああ、そうだ、王子様との婚約の初顔合わせだったんだわ。――そして私の使命は、王子様をメロメロにして国を乗っ取ること!
そのためにも早く泣き止まなくちゃと思うのに、涙は全然止まってくれない。
「大丈夫ですか、エリザベス嬢?」
そんな私に、スパリオ王子様が優しく声を掛けてくれた。
跪くようにしながら身をかがめて、ソファーに座っている私に目線を合わせてくれる。
透き通るような彼の青い瞳が、柔らかく細まった。「お辛かったですね。どうでしょうか。お茶会には、お菓子も沢山用意しています。甘い物でも食べて、元気を出しませんか?」
そして、彼は輝くばかりの微笑を私に向けたのだ。
「はっ、はむにゃん!?」
びっくりした。美しすぎて変な声が出た。
何なんですの、この王子様! なんでこんなに格好良いんですの!?ともあれ、驚きすぎて涙が引っ込んだ私は、目をごしごし擦りながら高笑いをするのだった。
「お、おーっほっほっほ! どうしてもと仰るなら、お茶会をご一緒して差し上げても宜しくってよ!」
「うん、嬉しい。ありがとう」
私の言葉に、王子様が本当に嬉しそうにそう答えるものだから、私の頬は一気にぶわっと熱くなる。
「ふえぇ……」
真っ赤になる私を、「あらあら」と遠巻きに大人たちが見守っていたのだが、そんな様子にも当然気づいてはいないのだった。
◇ ◇ ◇
お茶会の会場に辿り着いた私は、目を輝かせた。
白いレースのテーブルクロスの上に、焼き菓子やフルーツの飾られた大皿が幾つも並び、中心には三段のケーキスタンドまである。
「ふわあっ! こ、ここは夢の国ですの!?」
自分の屋敷でもお茶会はよく開かれていたが、ここまで豪華ではなかった。
それに、見たことも無いフルーツやお菓子もあり、キラキラと輝いて見える。「喜んでもらえて良かったです。エリザベス嬢が甘い物がお好きだと聞いて、僕が色々と選んでみたんです」
「えっ、お、王子様が、私のために……?」
「はいっ! 喜んでほしくて」
「ぐぬうっ!?」
スパリオ王子様の微笑み攻撃に、私はまたダメージを受けた。
――もう! だから!
私が王子様をメロメロにするんであって、私が王子様にメロメロになるんじゃないんですのよ! 『でも、まって、エリー。よく考えてみて……!』私の思考を遮るように、心の中のランランちゃん――私のお気に入りのテディベアだ――が話しかけてきた。
『王子様は、君のためにお菓子を準備したんだ。つまり、これは……王子様は、すでに君にメロメロなんじゃないかな?』
「……っ!!」
心の中のランランちゃんの言葉に私は衝撃を受けたが、同時に納得もした。
そう、つまり、王子様はすでに私に――メロメロ!? 「ふっふっふ、勝負ありましたわね。スパリオ王子様!!」私がニヤリと笑みを浮かべると、王子様は不思議そうな顔をしながらも頷いている。
「……? ふふ、エリザベス嬢が楽しそうで良かったです」くっ、何だかいまひとつ、勝った感じしませんわ!
もっともっと、メロメロにしていかなくてはいけませんわね!まあ良いですわ、このお茶会で完璧な作法を披露して、王子様を更に私のとりこにしてみせますもの!!
――そして、二十分後。「うっま!!」
私は初めて食べた”マカロン”の美味しさに感激していた。
何これ、美味しい、美味しい、美味しい!「気に入りましたか? 隣国で流行っている珍しいお菓子のようです」
スパリオ王子様がにこにこ見守る中、私はあっと言う間に自分の皿のマカロンを平らげてしまった。
「気に入りましたわ! あっ、あ、でも……」
美味しすぎて、早々に食べきってしまった。失敗した。最後に食べる用に、少し残しておけばよかった。
私はしょんぼりしながら俯く。そんな様子を見ていた王子様が、くすりと笑った。
「……エリザベス嬢、実は僕、朝を食べ過ぎてしまいまして。宜しければ、僕の分のマカロンも、召し上がっていただけませんか?」
「――!!」
私は顔を輝かせた。
えっ、良いの!? でも、流石にはしたないかしら?うずうずしながら両親の方へ視線を向けると、お父様はにこやかに頷き、お母様は苦笑しながら頭を押さえていた。
つまり、たぶん、もらっても大丈夫だ!「あらあら、王子様! どうしてもと仰るなら、もらって差し上げても宜しくてよ!」
「ふふふ、助かります。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうっ! ……じゃなくて、どういたしましてですわー!」
そして私は、新たに自分の前に置かれたマカロンを口に運ぶ。
「――うっま!!」
こうしてお茶会、およびスパリオ王子様との初顔合わせは無事に終了した。今日一日で、随分と王子様をメロメロにできた気がしますわ!
これなら国を乗っ取る日も近いですわね! ちなみに、王様と王妃様から大量のマカロンのお土産もいただきましたの! 王家みんなをメロメロにしてしまうなんて、私って罪深い女ですわー!私はエリザベス・スパイシュカ、10歳になりましたの。 アゼラン王国の公爵家令嬢である私は、同い年であるスパリオ王太子殿下と婚約し、順調に仲を深めておりますわ。 ――でも、私には、実は密かな使命がありますの。 それは、王子様をメロメロにして、最終的に国を乗っ取ること! 「ねえ、貴方。そろそろエリーに、あの使命の話は嘘だって真剣に伝えた方が良いわよ?」「それが、何回も話しているんだけど、頑固で受け入れて貰えないんだよねぇ」 お父様とお母様が、何かお話されながら溜息を吐いていらっしゃるわ。きっとご苦労が絶えないのね! そんな苦労も、きっと私が国を乗っ取れば解消されるはずよ。 両親の為にも、私は頑張りますわー!「お嬢様、お手紙が届いております。」 気合を入れる私の背中に、侍女から声がかかった。 明らかに品の良い封筒に包まれたその手紙の送り主は、スパリオ王子様だった。(ま、まさか、私のハニートラップがばれたのかしら……!?) 私はごくりと息を飲んで、その手紙の内容を確認する。 そして数十秒後、絶叫することになった。「でっ、ででででっ、デートのお誘いですわー!!」◇ ◇ ◇ デート当日、私は鏡の前で入念な身だしなみのチェックを終えると、談笑している両親の前に姿を現した。「お父様、お母様、どうかしら?」 今日はお忍びデートだから、街でも目立たない桃色のワンピースを選びましたの。でも、花の刺繍があしらわれていて、とても素敵なのよ。 栗色の髪は、濃い紅色のリボンで編み込み入りのポニーテールに仕上げて貰いましたわ。もう10歳ですもの、少し大人っぽい色だって似合うんですのよー!「エリー、可愛いよ! 世界で一番可愛い!」「ふふ、素敵よ。とても可愛いわぁ」「むふふー!」 大絶賛する二人に、私も大満足ですわ。 これならきっと王子様も私を一目見ただけで、メロメロになるはず!『エリザベス、君は何て美しいんだ。メロメロになったよ! この国は君に全てあげよう!』「――なんてことになったら、どうしましょう! うふふ、いやですわ、王子さまってば!」 心の中でスパリオ王子様の反応を想像して、私はにやにやが止まりませんわ。「本当にうちの子は、世界一可愛いなぁ。ねえ、ママ?」「可愛いけど大丈夫かしら、この子……」 妄想を膨らましていると、侍
王宮での迷子大事件の後、保護された私は応接間のソファーでお父様によしよしされていた。「うえええっ、ひっく、ひっく……」「怖かったねぇ、エリー。もう大丈夫だよ」 どれだけ慰められても、泣き止むことが出来なかった。 だって、王宮って広くてガランとしていて、すれ違うのも知らない人たちばかりで、とても怖かったのだ。「すみません、王様。うちの娘が」 「ははは、構わんよ。お転婆で良いじゃないか。王妃の子供の頃のようだよ」 「あら、嫌ですわ、陛下!」 お母様と王様と王妃様が談笑している内容も、ほとんど耳には入ってこない。 私は悲しすぎて、何が何だか分からなくなってきた。今日は何をしていたのだっけ。 ああ、そうだ、王子様との婚約の初顔合わせだったんだわ。 ――そして私の使命は、王子様をメロメロにして国を乗っ取ること! そのためにも早く泣き止まなくちゃと思うのに、涙は全然止まってくれない。「大丈夫ですか、エリザベス嬢?」 そんな私に、スパリオ王子様が優しく声を掛けてくれた。 跪くようにしながら身をかがめて、ソファーに座っている私に目線を合わせてくれる。 透き通るような彼の青い瞳が、柔らかく細まった。「お辛かったですね。どうでしょうか。お茶会には、お菓子も沢山用意しています。甘い物でも食べて、元気を出しませんか?」 そして、彼は輝くばかりの微笑を私に向けたのだ。「はっ、はむにゃん!?」 びっくりした。美しすぎて変な声が出た。 何なんですの、この王子様! なんでこんなに格好良いんですの!? ともあれ、驚きすぎて涙が引っ込んだ私は、目をごしごし擦りながら高笑いをするのだった。「お、おーっほっほっほ! どうしてもと仰るなら、お茶会をご一緒して差し上げても宜しくってよ!」「うん、嬉しい。ありがとう」 私の言葉に、王子様が本当に嬉しそうにそう答えるものだから、私の頬は一気にぶわっと熱くなる。「ふえぇ……」 真っ赤になる私を、「あらあら」と遠巻きに大人たちが見守っていたのだが、そんな様子にも当然気づいてはいないのだった。◇ ◇ ◇ お茶会の会場に辿り着いた私は、目を輝かせた。 白いレースのテーブルクロスの上に、焼き菓子やフルーツの飾られた大皿が幾つも並び、中心には三段のケーキスタンドまである。「ふわあっ! こ、ここは夢の国
「ふっふっふ、ついにこの日がやってきましたわね!」 私はエリザベス・スパイシュカ、8歳。 アゼラン王国の公爵家令嬢である私は、今日、同い年であるこの国の王太子殿下と婚約を結ぶことになっている。「でも、それは表向きの話ですわ。私には、重大な使命がありますのよ!」 私はテディベアの"ランランちゃん"に、声を潜めながら伝える。 これは極秘任務だから、他の誰かに聞かれる訳にはいかないのだ。「私の大いなる使命は、王子様を騙してこの国を乗っ取ることですわー!」『ええーっ、す、凄いね、エリザベス!!』 私は裏声を駆使して、ランランちゃんにも台詞を喋らせる。「国を乗っ取れば、ケーキも食べ放題ですわー!」『最高だよ、エリザベス!』「ランランちゃんには、特別に分けてあげますわー!」『ありがとう、エリザベス!』 きゃっきゃとはしゃぐ私を遠目に眺めつつ、お父様とお母様が何かお話されている。その内容が、私に届くことは無い。「貴方、本当に大丈夫なの? この婚約はハニートラップ目的だなんて、エリーに嘘を吐いて」「いやぁ、婚約の顔合わせがあると言ってから、あまりにエリーが緊張して夜も眠れていないようだったから……気分を紛らわせようと冗談を言ったつもりだったんだけど、真に受けるとはなぁ。はっはっは」「笑い事じゃないわよ! どうするの、あの子に本当のことを言わないと」「このままで良いんじゃないかな? 楽しそうだし。可愛いし」「また、そんないい加減なこと言って!」 お母様が溜息を吐きながら頭を抱えている。 きっと、お疲れなのね。この国を乗っ取れば、お母様にも元気になって貰えるはずだわ。頑張らないと! 私が気合を入れたところで、迎えを知らせるノック音が響いた。◇ ◇ ◇「お初にお目にかかります、スパリオ王子様。エリザベス・スパイシュカですわ」 王宮の応接間で、私は優雅にカーテシ―をする。 私の作戦はシンプルだ。ずばり、王子様を可愛い私にメロメロにさせて、そのまま国を乗っ取ってしまおう大作戦である。 お父様は私のことをいつも「世界で一番可愛い!」と言ってくださるから、この作戦は完ぺきなはずだ。 しかも、今日の私は凄くおめかしをしている。 自慢の栗色の長い髪を、お気に入りの赤いレースのリボンでまとめて、ドレスだってリボンとお揃いの赤いフリル